NIKKOグループ

50年の物語

Nikkoグループ50年の歩み

昭和38年(1963年)
株式会社日興商事を設立
昭和47年(1972年)
住宅地図出版事業で全国へ
昭和49年(1974年)
株式会社日興商事に長野県生活互助会部門を設立
昭和51年(1976年)
ホテル日興を開設
昭和52年(1977年)
株式会社長野県生活互助会を設立
専門結婚式場の百景苑を開設
昭和53年(1978年)
株式会社日本生活互助会に変更登記
昭和59年(1984年)
県下初の長野市民葬祭センター(現・南安楽院)を開設
平成元年(1989年)
県下随一のジョイベル教会を設立
平成6年(1994年)
葬祭セレモニーホール中央安楽院を開設
平成9年(1997年)
百景苑に隣接して樹樹ホールを開設
平成11年(1999年)
葬祭セレモニーホール須高安楽院を開設
平成12年(2000年)
葬祭セレモニーホール北信安楽院(現中野安楽院)を開設
平成14年(2002年)
裾花峡天然温泉宿うるおい館を開設
平成18年(2006年)
葬祭セレモニーホール桐原安楽院を開設
平成22年(2010年)
百景苑本館敷地跡にテラスグランツを開設
平成24年(2012年)
葬祭セレモニーホール朝陽安楽院を開設
100%子会社株式会社エーアイエムを設立
100%子会社株式会社フラワーステージながのを設立
平成26年(2014年)
株式会社日本生活互助会は、家族葬ホールSHION-しおん-
を桐原安楽院、須高安楽院に併設
平成27年(2015年)
株式会社サルーテを設立(半日デイサービス サルーテ安茂里開店)
株式会社日本生活互助会からブライト信州株式会社へ社名変更
平成28年(2016年)
家族葬ホール SHION 若槻 建設
株式会社Nikkoフーズ設立
平成29年(2017年)
家族葬ホール併設 SHION 中野 建設 中野安楽院移転・改称
平成30年(2018年)
家族葬ホール SHION 大豆島 開設
令和元年(2019年)
株式会社日興商事から株式会社 NIKKO ホールディングスへ社名変更
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記憶に残るトピックス

昭和 年建設の結婚式場「百景苑」にはじまり、現在の「テラスグランツ」まで。婚礼事業の個々のサービスにグループの 年の思いが込められている。

新築自宅を解体して百景苑設立

互助会事業が軌道に乗りはじめた昭和52 年、結婚式場「百景苑」をオープン。場所は、長野市妻科。県庁西側のこの土地は、創業者・有吉旦が新築自宅を構えた場所だった。建築雑誌にも何度か紹介された豪華な自邸を、わずか3年で解体。「結婚式場はこの地をおいてほかにない」とは有吉旦自身の談。替わって建てられた「百景苑」は、背後に迫る旭山と裾花川の四季の景観がことのほか美しく、数多くのカップルを魅了した。

ミス花嫁コンテスト開催

昭和52年7月、百景苑の完成を記念して「長野県ミス花嫁コンテスト」を開催。長野市民会館を会場に、1000人にのぼる観客が集った。歌手のフランク永井、アイジョージ、戸川昌子、漫談家・政治家のコロムビアトップ、柳原正之長野市長ら、錚々たるメンバーが審査員をつとめた。「あゆみの箱基金」への募金が開催の目的のひとつであり、参加者より集められた募金はその場で基金理事のコロムビアトップに寄贈された。

花嫁センターのこと

「百景苑」設立の後、長野市南県町の労働金庫本社屋跡に「花嫁センター」が建設された。ウェディングドレス等を販売するほか、「良縁センター」にて結婚相談サービスを行っていた。1階ではワコールの専門店「ワコールショップうるおい」を運営。高級ラインのランジェリー、ナイティー、アウター等を扱い、毎年の正月には顧客一人ひとりのサイズや好みに合わせた「あなただけの福袋」を販売し、好評を得た。

県下随一のジョイベル教会

平成元年、百景苑敷地内に「ジョイベル教会」が建ち、県下最長のバージンロードを持つ教会として話題を呼んだ。運営にあたったのは、有吉旦の父・一夫が創設した宗教法人マリア社会福祉協会。熱心なクリスチャンであった一夫は、「キリストの愛が近代文明の原点」という考え方のもと、上田市菅平を拠点に宗派を問わず困窮する人々をサポートする活動を行っていた。一夫の精神がジョイベル教会に形として残された。

樹樹ホール誕生

平成9年、百景苑に隣接してゲスト200名収容の「樹樹ホール」が誕生した。自然に包まれた百景苑の特色を生かすべく、木々のぬくもりを大切に、木立の中に建つ別荘を思わせる造りに。樹樹ホールの併設により、年間300組近くの挙式がここで執り行われた。その後の平成22年、百景苑が「テラスグランツ」へとリニューアルした際も、樹樹ホールの外観はそのまま、名称も大ホールの会場名として残された。

百景苑からテラスグランツへ

かつて「家と家」のものだった結婚式が、時代の移り変わりとともに「新郎新婦の思い」を形にするものへと変わっていく。平成22年、百景苑を貸切型結婚式場「テラスグランツ」として全面リニューアル。会場のどこからも四季の自然が感じられるよう建物の細部にこだわり、綿密な打ち合わせを重ねることで、皆が幸せになれるような結婚式づくりを目指している。平成26年、1階披露宴会場MIZUKI も全面リニューアルする。

昭和 年建設の結婚式場「百景苑」にはじまり、現在の「テラスグランツ」まで。婚礼事業の個々のサービスにグループの 年の思いが込められている。

長野県初の葬祭式場オープン

昭和59年、「長野市民葬祭センター(現・南安楽院)」を設立。長野県初の「葬祭式場」が誕生した。運営していけるかどうか社内でも不安の声が。しかし、親戚・隣近所が協力し合うことで成り立っていた自宅の葬儀は、高度経済成長期を経て困難を極め、葬祭式場の需要が急速に高まっていく。結婚式場「百景苑」で培われたホスピタリティが葬祭事業にも生かされ、故人と家族に寄り添ったサービスが広く市民に受け入れられるようになった。

葬祭式場をホテル併設に

南安楽院の誕生から10年。第2の安楽院設立に向けての準備が始まった。コンセプトは、「宿泊にも対応できる葬祭式場」。地元を離れた親戚が多くなった時代に、遠方からも通夜・葬儀に安心して参列できるようにと、「ホテル法要会館」を併設した「中央安楽院」が、長野駅近くにオープンした。それまで、通夜は自宅、葬儀は葬祭式場と使い分ける家庭が多い中で、通夜室が完備された中央安楽院の登場により、通夜・葬儀ともに葬祭式場の利用が増加していく。

葬儀の多様化

葬祭式場の利用が普及していくなか、少子高齢化や日本経済の低迷とともに、求められる葬儀のあり方もさまざまに変容していった。日本生活互助会では、「南安楽院」「中央安楽院」に引き続き、「須高安楽院」(平成11年)「中野安楽院」(平成12年)「桐原安楽院」(平成18年)「朝陽安楽院」(平成24年)を設立。それぞれの施設では大規模な葬儀も行われる一方で、身内だけで通夜・葬儀ともとり行う「家族葬」の需要も高まっていった。

終活のはじまり

平成20年頃から、人生の最期を迎えるための「終活」が多くのマスメディアで取り上げられるようになる。日本生活互助会にも、葬儀やお墓の準備、遺産相続についての相談が急増。この流れを受け、平成21年に終活情報サロン「ライフステージ みちしるべ」が開設にいたった。残される家族に負担のないよう、自分流の葬儀方法や相続について相談できる場として、法律セミナー等を随時開催し、互助会員のみならず地域住民からも親しまれるようになる。

運輸部門、生花部門が独立

平成24年、安楽院やテラスグランツ等、Nikkoグループ各施設を利用する際の貸切バス事業が本社より独立する。また同年、冠婚葬祭の生花部門も独立し、それぞれ「株式会社エーアイエム」「株式会社フラワーステージながの」として事業を開始した。両社とも、Nikkoグループの婚礼部門、葬祭部門における「おもてなしの心」を底辺で支える事業として、人材育成をはじめ、さらなるサービスの向上につとめている。

環境に配慮した「朝陽安楽院」建設

平成24年10月、葬祭式場の6施設目となる「朝陽安楽院」が長野市北尾張部にオープンした。直葬にも対応できるお別れ室や1階・2階にはリビング葬のできる家族葬ルームを設置。全館バリアフリーで、車椅子専用駐車場・車椅子用お手洗いを完備している。また、NikkoグループのCSRの取り組みとして、新たに太陽光発電を取り入れている。新しい時代に応える未来型の葬祭式場として話題を集めた。

家族葬ホールSHION‐しおん‐開設

平成26年、高まる家族葬への需要を受け、貸切型家族葬ホールSHION‐しおん‐を桐原安楽院、須高安楽院に併設いたしました。貸切で、通夜~ご葬儀まで全てを行えます。宿泊設備も完備し、皆さまの多様なニーズにもお答え致します。

グループの施設の中でも長い歴史をもつ「ホテル日興」と、設立年を迎えた「裾花峡天然温泉宿うるおい館」。地域に支えられた「憩いの場」づくりとは。

ホテル設立当初のこと

昭和50年、新事業進出をめざして、長野市緑町の旧日興商事本社跡に、地下1階・地上11階のホテル日興ビルの建設に着手する。翌51年、「ホテル日興」がオープン。客室72室・114名収容のゆったりとした空間は、「人間性回復とやすらぎ」がテーマ。長野駅近くの新しいビジネス・観光の拠点として注目を集めた。設立当初から部屋ごとに「オーナー制度」が採用されており、オーナーや常連顧客には「マイスリッパ」が提供されるというサービスも。

スポーツ選手の宿泊

平成10年の長野オリンピック開催時、ホテル内はIOC関係者や運営スタッフで溢れかえった。そして、オリンピック以降、ホテル日興にもうひとつの転機が訪れる。オリンピックの施設ではその後、各種スポーツ大会が頻繁に開かれるようになったため、スポーツ選手のホテルの利用が急増したのだ。スポーツ大会が開催される度に、学生から社会人までの参加選手が集い、スタッフも祈るような気持ちで選手たちの健闘を応援するようになった。

「和室」の誕生

平成24年、設立から37年目にして「和室」が登場。長野市のホテルの中でも長い歴史を持つホテル日興は、ほかの全国展開のビジネスホテルにはない、家庭的で温かなサービスを大切にしている。ある日、常連のお客様からの「畳の空間がほしい」の一声から、1室を和室にリニューアルすることが決定。「畳の方が落ち着く」というご高齢のお客様をはじめ、小さなお子様がいる家族や合宿利用の際にも好評を得ている。

源泉発見

平成12年4月、長野市妻科所有地にて源泉掘削を開始。ホテル日興はじめ冠婚葬祭事業で培ったサービスを、地域の皆様の憩いの場づくりに生かすべく、平成13年に「温泉施設」の建設に着手する。見事、こんこんと湧く天然良質温泉を掘り当て、平成14年4月、百景苑(現テラスグランツ)と隣り合わせの地に「裾花峡天然温泉宿うるおい館」が誕生。源泉掛け流しの大露天風呂を求め、毎年30万人超が訪れる施設へと成長していった。

シャトルバス発車

オープンして間もなく、利用者の中にご高齢の方が多いことから、駐車場の完備だけでは不十分と、「うるおいシャトルバス」の運行を開始する。長野駅付近、日興商事前、うるおい館をつなぐ無料のシャトルバスは、平日は毎日運行している。一番早いバス(10時12分着)でうるおい館に到着し、夕方最終のバス(16時50分発)まで温泉とお食事をゆっくりお楽しみいただくお客様も多い。

カフェ・ベーカリーがオープン

平日はご高齢のお客様が多くを占める一方で、休日を中心に小さなお子様連れのご夫婦や、若い女性・男性の利用が増えていった。「若い世代の方にも気軽にご利用いただけるように」と、平成23年、1階の入り口近くに喫茶コーナーを兼ねたベーカリー「つましなカフェ」をオープン。焼きたてパンの芳ばしい香りが広がる店内はゆったりくつろぐことができ、フレッシュジュースやぶどう酢ドリンクなど、湯上がりにぴったりのヘルシーなドリンクも人気。